「ニューヨーク・ブルックリンの橋」

「ニューヨーク・ブルックリンの橋」という本を紹介します。
この本は、ジョン・ローブリングと、その息子ワシントン・ローブリングが、アメリカで最初にワイヤロープ製造会社を設立し、当時では不可能と言われたニューヨーク・マンハッタンとブルックリンを結ぶブルックリン橋を、まさに命をかけて作り上げるまでを描いたものです。
ワイヤロープに関連する部分を抜粋します。
切れない命づなの発明 -ワイヤー・ロープの事業化-
 この悲惨な事故注1を目撃したことが契機となって、彼(ジョン・ローブリング)は本気になってその対策を考えはじめるにいたった。
 何かいい方法はないものだろうか。
 ふと彼は、かつてワイヤー・ロープなるものについて読んだことがあるのを憶い出した。ドイツに居たころ、雑誌か何かで、たしかワイヤー(鉄線)を撚り合わせて、ロープを作ったという記事を見たことがある。
 そうだ、ワイヤロープだ。
 麻の繊維よりはるかに強い鉄のワイヤーを用いて柔らかいロープを作ろうという考えが、この時いらい彼をとりこにしてしまった。
 だが、どうして作ればいいのだろうか。まだアメリカでは、ワイヤロープなどというものを、誰も、見たことも聞いたこともなかった。運河会社に持ち込んでみたが、誰一人として採り上げようとはしてくれなかった。よし、それならば一人ででも作ってみせるぞ・・・
 「幸い父は(サクソンバーグの)教会の後に、細長い牧草地を所有していました。長さが2500フィートあまり(約760メートル)もある、格好の土地でした」
(中略)
 「ワイヤーを継いだり、リールに巻きこんだりするための、小さな小屋も建ちました。そしてまず最初に七本の子縄(ストランド)を作ってから、これらを撚り合わせて一本のロープにするのです。
 繩ない機は屋外に据え付けられて、村の人たちがこれを手で動かしました。この当時は、まだ蒸気エンジンは手に入らなかったのです・・・」
 このようにしてアメリカにおける最初のワイヤー・ロープは誕生した。
 使用した機械は、中古の粗末な、麻繩をなうためのものであり、また寄せ集めた百姓相手の試みではあったが、結果は予想した以上に立派なものが出来上がった。時に1841年のことであり、翌1842年には「ワイヤー・ロープ製造法」として、彼はその特許を取得している。
 その後のワイヤー・ロープの需要の伸びは、まことに目覚ましいものがあった。一時は麻ロープ製造業者からの、陰湿な妨害などもあったが、ローブリングが期待したとおり、ワイヤー・ロープは、まずインクラインなどで麻ロープにとって替り、さらにいろいろな用途が開発されて、ここにサクソンバーグの開拓村は、この新しい産業の中心地となった。
注1:麻ロープ切断によるインクラインでの事故
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